東日本大震災 2011.3.11

岩崎航です。今回の大震災では皆さまに、大変にご心配をおかけしました。メールや、ツイッター・ミクシィを通じて、温かなリプライもいただき本当にありがとうございました。

現在、私も、同じ病と闘う兄も含めて家族皆も、たくさんの人に助けられてお陰で無事でいます。心身ともに疲れはあるものの、健康状態は大丈夫です。今は、一時退避先の病院から移動し、市内の姉夫婦の家に身を寄せています。今まで暮らしていた自宅はダメージが大きく、戻って住むのは難しいのではないかと思います。

姉夫婦家族の応援に加えて、在宅医療や介護の支援者の皆さんとも連携がとれており、日増しに、状況が好転しつつあります。
同じ被災地域や遠方に住む、親族、友人知人からの励ましや支援にも支えられています。見ず知らずの人の親切に出合ったり、友人からの一通のメールや電話での会話に、力をもらったこともありました。本当にありがとうございます。

大震災の直後から、毎日の様相が一変してしまい、まさに怒濤に叩き込まれた船のようでした。病院から姉の家に移り一息つくことができて、少しずつ周りの状況もニュースで把握することができるにつれ、この大震災の被害の大きさに愕然とします…

今、確認できている範囲では親族・近しい友人知人・お世話になっているヘルパーさんや医療者さんたちのほとんどが無事でいましたが、なかには大切なご家族を亡くされたとの友人からの知らせもあり…断腸の思いです。また被災地沿岸部の津波被害の惨状や、福島原発事故の推移などもニュースで目にする度に、胸が塞がる思いです。

被災でPC環境を失っているため、このエントリーも携帯からの書き込みです。生活再建の闘いが始まっており、当面、ブログの運営については一時的に半休眠の状態が続くかも知れませんが、様々のことが落ち着き次第必ず再開します。よろしくお願いいたします。

少しずつではありますが、明るい兆しも感じられています。まだまだすべてはこれからの長い道のりですが、この大震災に皆で打ち克ち、復興します。私も頑張りたいと思います。(航)

ABOUT US
岩崎航詩人
1976年1月、仙台に生まれる。本名は岩崎稔。 3歳で筋ジストロフィーを発症する。17歳の時、将来に絶望して死を考えたが、病をふくめてのありのままの姿で自分の人生を生きようと思いを定める。現在は胃瘻からの経管栄養と人工呼吸器を使い、在宅医療や介護のサポートを得て自宅で暮らす。 25歳から詩作を始める。2004年から五行詩を書く。06年に『五行歌集 青の航』を自費出版する。13年7月に詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)を刊行。15年11月にエッセイ集『日付の大きいカレンダー』(ナナロク社)を刊行。16年4月「ETV特集」で創作の日々がドキュメンタリー番組「生き抜くという旗印 詩人・岩崎航の日々」として全国放送される。同年7月から読売新聞「ヨミドクター」に自身の自立生活実現への挑戦を綴ったエッセイ『岩崎航の航海日誌』(全10回)として連載。以降、病と生きる障害当事者として社会への発信を続けている。18年6月に岩崎健一と共著の画詩集『いのちの花、希望のうた』(ナナロク社)を刊行。20年10月『病と障害と、傍らにあった本。』(里山社)に、同年11月『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ』(河出書房新社)にエッセイを寄稿。21年6月15日に詩集『震えたのは』(ナナロク社)を刊行。25年7月に介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)の共同代表に就任。