五行詩篇【3・11東日本大震災に寄せて】

岩崎航の詩のテキスト画像。3・11東日本大震災に寄せて、1。もう言葉がない、まして歌など出てこない、なぜできる、なぜできようか、心がこわばり動かない。つながりたい、けれども、つながれない、無事ですか、その問いかけに、応えられないもどかしさ。翌日付、河北新報一面大の記事を見たとき、ああ、何ということだ、暗黒のかぎ爪で鷲づかみにされた、ショックを受けた、ぼくはまもなく新聞を閉じてもらいました。
岩崎航の詩のテキスト画像。3・11東日本大震災に寄せて、2。こんなにも母の手は、しわがあったのだろうか、こんなにも父の髪は、うすくて白くなっていただろうか、震災によること明らかなり。一杯の温かいお茶を飲めることが、こんなにも尊くて、こんなにも身を癒すとは、ありがたくて、皆で感謝した、聞けば、停電下にあって、ストーブの上でつくられたという。何度でも、思いはいつも還っていく、八つ裂きになっても、辛くて分からなくて悲しくて狂いそうで、ぐしゃぐしゃになっても、今日もまた、木洩れ日が戻ってくる。
岩崎航の詩のテキスト画像。3・11東日本大震災に寄せて、3。生きるを揺り熾す、友だちの声、悲しみを押し流す、一滴の大河、そんな生身の煌めきが、虹をかけるのだ。どんな引用もいらなかった、手を握り続けてくれただけだった、涙を流させてくれただけだった、それだけだったが、朽ちかけた倒木に、緑が動いた。自分の命や、人の命を守ること、そのために必死で闘い、霧の中で迷いながらも、命が命を生かそうとした戦場において、みんなが命がけだったのだ。
岩崎航の詩のテキスト画像。3・11東日本大震災に寄せて、4。取り澄ました、そのマスクを、自らの手でちぎりされ、ぶんなげろ、そして、明け方の流水でもって、素顔を濯いでやるんだ。生きようと、向かえる気持ちは、芽吹きのよう、炎に焼かれた、幹の心は生きている。
3・11 東日本大震災に寄せて 


もう言葉がない… 
まして歌など出てこない 
なぜできる?  
なぜできようか! 
心がこわばり動かない 


つながりたい 
けれども、つながれない 
無事ですか? 
その問いかけに 
応えられないもどかしさ 


翌日付、河北新報一面大の 記事を見たとき 
「ああ…何ということだ…」 
暗黒のかぎ爪で鷲づかみにされた 
ショックを 受けた 
ぼくはまもなく新聞を閉じてもらいました 


こんなにも母の手は 
しわがあったのだろうか 
こんなにも父の髪は 
うすくて白くなっていただろうか 
震災によること明らかなり 


一杯の温かいお茶を飲めることが 
こんなにも 尊くて こんなにも身を癒すとは 
ありがたくて、皆で感謝した 
聞けば、停電下にあって 
ストーブの上でつくられたという 


何度でも、思いはいつも還っていく 
八つ裂きになっても 
辛くて分からなくて悲しくて狂いそうで 
ぐしゃぐしゃになっても 
今日もまた、木洩れ日が戻ってくる 


生きるを揺り熾す 
友だちの声 
悲しみを押し流す 
一滴の大河 
そんな生身の煌めきが、虹をかけるのだ 


どんな引用もいらなかった 
手を握り続けてくれただけだった 
涙を流させてくれただけだった 
それだけだったが 
朽ちかけた倒木に、緑が動いた 


自分の命や、人の命を守ること 
そのために必死で闘い 
霧の中で迷いながらも 
命が命を生かそうとした戦場において 
みんなが命がけだったのだ 


取り澄ました そのマスクを 
自らの手でちぎりされ 
ぶんなげろ 
そして、明け方の流水でもって 
素顔を濯いでやるんだ 


生きようと 
向かえる気持ちは 
芽吹きのよう 
炎に焼かれた 
幹の心は生きている

ABOUT US
岩崎航詩人
1976年1月、仙台に生まれる。本名は岩崎稔。 3歳で筋ジストロフィーを発症する。17歳の時、将来に絶望して死を考えたが、病をふくめてのありのままの姿で自分の人生を生きようと思いを定める。現在は胃瘻からの経管栄養と人工呼吸器を使い、在宅医療や介護のサポートを得て自宅で暮らす。 25歳から詩作を始める。2004年から五行詩を書く。06年に『五行歌集 青の航』を自費出版する。13年7月に詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)を刊行。15年11月にエッセイ集『日付の大きいカレンダー』(ナナロク社)を刊行。16年4月「ETV特集」で創作の日々がドキュメンタリー番組「生き抜くという旗印 詩人・岩崎航の日々」として全国放送される。同年7月から読売新聞「ヨミドクター」に自身の自立生活実現への挑戦を綴ったエッセイ『岩崎航の航海日誌』(全10回)として連載。以降、病と生きる障害当事者として社会への発信を続けている。18年6月に岩崎健一と共著の画詩集『いのちの花、希望のうた』(ナナロク社)を刊行。20年10月『病と障害と、傍らにあった本。』(里山社)に、同年11月『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ』(河出書房新社)にエッセイを寄稿。21年6月15日に詩集『震えたのは』(ナナロク社)を刊行。25年7月に介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)の共同代表に就任。