「みやぎアピール大行動2017」当事者アピール 岩崎稔

 「みやぎアピール大行動2017」に、仙台に暮らす障害者の一人として、当事者アピールをさせていただきます。岩崎稔と申します。


 私は全身の筋肉が正常に作られず体が動かせなくなる難病「筋ジストロフィー」を抱えながら生きています。常に人工呼吸器を使って、食事は胃瘻から栄養を入れて、24時間、生活動作の全てに介助を得ながら自宅で暮らしています。岩崎航というペンネームで詩やエッセイなどの著述を仕事にしています。


 昨年の9月、私は地域での自立した生活を実現するために、仙台市の青葉区に24時間・重度訪問介護の支給を求める申請をしました。しかし、当初は認められませんでした。


 ほぼ全身が動かず常に人工呼吸器を使っていて、同居両親は70代半ば。高齢による衰えと、持病の悪化で痛みが出ていて、介助ができない状況のもと、常に動ける介助者が側にいなければ、命の危険すらありました。 それにも関わらず、私のように気管切開ではなく鼻マスク式の人工呼吸器を使い、痰の吸引が多くない人に24時間介護支給をした前例はないため、対象外だというのです。


 区からは、他にも「市が独自に解釈する重度訪問介護における“見守り”や、“家電製品の操作”介助の考え方と合わない」など、さまざまに「できない理由」を示されましたが、いずれも共通するのは、目の前にいる障害者の生活実態の理解が不十分であることを感じさせました。


 けっして、言葉として言われはしませんし、悪意は全くないのだとしても、結果的には「あなたは、生きていなくてもよい」と、障害者が介助を得ながら生活するのを拒んでいるのと同じです。


 昨年の7月に起こった相模原での障害者殺傷事件は、障害者が社会の中で生きていくことそのものを否定される恐ろしい事件でした。


 私にとってこの事件は、難病と付き合いながら、ヘルパー介助を得て自分の暮らしを作ろうと動き出していたなか、「そこまでして生きていられては、社会の迷惑」だと、面と向かって、冷酷な悪意を突きつけられるできごとで、暗澹たる気持ちに覆われました。


 犯行者は、直接的な暴力によって障害者の命を奪いましたが、足元の現実として世の中には、今回の私のケースにも現れているように、社会の構造的な「見えない暴力」で、重い障害を持つ者の命や生活がおびやかされている状況が、いたるところに生じています。


 障害者が何か福祉の支援を求めるときには、どうしても社会に負担や迷惑をかけて申し訳ないという負い目、ためらいが生まれやすいものです。そんななかで、「生きて、生活するために必要な」当然に求められた介護支給の申請を拒む、ということの意味を行政の現場の皆さんには、どうかご自分の身に置き換えて考えてほしいと思います。


 介護保障を支援する弁護士に教わった、障害者が介護支給量を行政に求め交渉するに際しての、基本的な考え方があります。


 それは「障害者の介護支給にあたって、市町村が裁量で設けている支給決定の基準は、あくまで目安にしかすぎず、目の前に介護を必要とする障害者がいて申請を受けたのなら、本人、家族、支援者らから細かく聴き取りをする調査を行って、もし基準では間に合わないのであれば、非定型の審査会にかけて、個別具体的に支給量が決まる」という本来の筋道を、見失わないということです。


 この考え方は、単に介護保障の法律家からの正確な見解というだけに留まらない力があると感じました。


・「市町村が目安として設けた線引きに関わらず、あなたは介護の必要な現実をありのまましっかりと説明していけばいいんだよ」


・「生きるために、人間らしく生活するために、必要な介護は、顔を上げて堂々と求めていいんだよ」


と、人間としての誇りを支える力、生きるために手助けを求める力をもたらしてくれたと感じています。


 その後、当事者と家族の側に寄り添った相談支援員のはたらき、主治医による丹念な病状説明や意見、障害者の介護保障に取り組む弁護士らの支援もあり、あきらめずに交渉を重ねた結果、仙台市の理解を得られ、今年の3月に24時間介護支給の決定を得ることができました。


 全国では重度障害者が「障害者総合支援法」による公的介護保障制度によって、医療的なケアの有無に関わらず、必要なだけのヘルパー介助時間数を得て、自ら望む生活を実現している事例があります。制度としてできないのではなく、自分の町では、まだ「できないことにしている」市町村が多いだけなのです。


 今回のことは、私だけの問題ではないと感じています。


 身近にも、脳性まひで全身性障害のある友人が、知り合いの知的障害のある青年のお母さんが、介護のことで困っているのを知っています。


 生きるために必要な介護を求めることでさえも、市町村の現状把握の不足、無理解から支給認定がされず、命や健康の危険すら感じながら苦しい生活を余儀なくされている障害者が全国にたくさんいます。いつ自分が倒れてもおかしくない限界を超えた介護を強いられている家族もたくさんいます。


 生きていれば、誰もがいつかは必ず、病気になります。心身が不自由になります。


 治らない病気や重い障害を持っていても、命や暮らしが脅かされず生きられる世の中は、誰にもいつかは必ず訪れる自分が弱った状況に置かれたとき、人を生きやすくすると思います。


 どこに住んでいても、どんな病気や障害があっても、全身不自由な体になった人でも、うつむかないで顔を上げて生きられるように。必要な介護支給を得られるようにしていきたいと切に願います。


 相模原事件の犯行者は、「障害者は不幸しか作れない、社会のためにいなくなったほうがよい」という考えを持ちました。また世間には、その考えに近い考えを持つ人も少なからずいることが分かりました。


 このような考えかたに対抗し、生きていてもしかたないという貧しい見方を乗り越えていくには、障害者の一人一人が、いたるところ、社会の真っただ中で「ここにぼくも、わたしも生きている」と、生活している姿を示し続けるほかありません。


 多くの人と出会い、つながり、自分の命と人生をあきらめずに生きることは、障害を持って生きる私たちの役割ではないでしょうか。人に助けてもらうばかりで肩身が狭いと負い目に思うことはありません。自分の住むこの町で、堂々と顔を上げて生きていきましょう。


●参考・一部引用
*ヨミドクター「岩崎航の航海日誌」https://yomidr.yomiuri.co.jp/archives/iwasaki-wataru/
*note「続・岩崎航の航海日誌」https://note.mu/iwasakiwataru/n/n02c6f849cabe
*BuzzFeed Japan寄稿「「しかたない」を乗り越える。誰もが生きることを脅かされないために」
https://www.buzzfeed.com/jp/wataruiwasaki/sikatanaiwonorikoeru?utm_term=.oiD2oLLxW#.nyBzY88ap


※「みやぎアピール大行動2017」開催の当日は、急の体調不良により岩崎稔が欠席したため、上記のアピールを関係者が代読しました。